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#傷跡を見たロッテは両手で口を覆い、淡い水色の瞳を大きくした。 | #傷跡を見たロッテは両手で口を覆い、淡い水色の瞳を大きくした。 | ||
#「わあ、薬神様の聖紋のようです」 | #「わあ、薬神様の聖紋のようです」 | ||
+ | #そしてその傷に向け、祈るようなしぐさをした。彼は少女のその姿に、確か信仰を感じた。 | ||
+ | #「何で祈ってるの?」 | ||
+ | #「落雷の傷跡がそう見えます。薬神様が守ってくださったのでしょうね、薬神様に感謝の祈りを捧げていました」 | ||
+ | #ありがたいですねっ、神様のおかげですねっ、とロッテは涙ぐんだ。ロッテは薬神という神を信仰しているようだった。薬神教の信者なのだろうか、と彼は頭の中が疑問でいっぱいになる。 | ||
+ | #「落雷でできた傷なら、雷が皮膚を這った火傷でできたリヒテンベルク図形だと思う」 | ||
+ | #彼は何か大きな誤解が生じてしまう前に、誤解を正しておくことにした。 | ||
+ | #一般的に、落雷を受けて生還した者の中には、一見神秘的な雷状の模様の傷跡を残す場合がある。同じような状況で受傷すれば、誰でもそうなる。地球では、だが’・・・・ | ||
+ | #「はい?」 | ||
+ | #「ええと、いや、何て言えばいいかな」 | ||
+ | #ロッテがにこやかに首をかしげるので、彼は「雷が通った痕」と言い換えた。ところが彼女は藥神の祝福を受けた聖印だ、と信じて疑わない。雷を受けて人が生きていられるはずがない、と言う。 | ||
+ | #(まあ、誰かにそうだ) | ||
+ | #彼女の言うことも理解できたので、彼は蕪雑な言葉は濁した。 | ||
+ | #「あ、そうだ、甘いお菓子を持ってきたんです。召し上がってください!気分も落ち着きます」 ロッテはウェハースのようなものと、空の銀のコップを彼はの前に並べて置いた。 | ||
+ | #「美味しそうだ、いただきます。君もどう?」 | ||
+ | #「いけませんっ、召使いが主人を差し置いてこのような高価なものをいただくわけには」 | ||
+ | #そうは言っても、ロッテは今にもよだれが垂れそうだ。感情が 素直に顔に出るようだった。 | ||
+ | #「遠慮しないくていいよ、色んな意味で胸がいっぱいだ。」 | ||
+ | #「ううっ、もう、ファルマ様がどうしても、どうしてもと仰るならっ!ご相伴に預かりますっ!」 | ||
+ | #この世界でお菓子は高価で、使用人はなかなか口にできないものであったらしい。それだけにロッテの喜びようといったらなかった。「もう一枚食べる?」 | ||
+ | #「あうっ、そんなっ、どーしてもですか?どーしても?」 | ||
+ | #あまりにも美味しいそうに食べるので、彼も彼女の喜ぶ顔が見たくて、半分以上を彼女に分け与えた。彼女が美味しそうに頬張るその様子を眺めているだけで、彼は癒される。 | ||
+ | #「頬がとろけてしまいそうです・・・・あ、喉かわきませんか、ファルマ様。神術は元通りに使えますようね?私も生成したお水をいただいていいですか?ファルマ様の造ってくださるお水はとーっても美味しくて」 | ||
+ | #「何だって?水?神術?」 | ||
+ | #彼は声が裏返りそうになる。別人に転生した以上、この世界の知識を得てこの世界に馴染む以外に生きるべはない。彼女に話を合わせなければ彼は思うのだが、知らないものはしらないのだ。 | ||
+ | ==18p== | ||
+ | #ファルマはほっと救われたような気がして、大きな大きな溜息をつく。 | ||
+ | #「ファルマ様!」外からソプラノの瑞々しい声が聞こえてきた。窓の下を覗き込むとロッテがハーブ畑の中から見上げて手を振っていた。こちら見上げ、こぼれるような、幼さと無垢を体現した笑顔で手を振っていた。 | ||
+ | #「そのお水、もしかして!思い出せたんですね」 | ||
+ | #「ごめん、濡れた?」 | ||
+ | #「濡れましたっ!涼しくていーい気持ちです!着替えてすぐそちらに参ります!」 | ||
+ | #雨が降ってきたので、お庭のハーブの水やり助かりました!とロッテは破顔する。ずぶ濡れたなったにもかかわらず、彼女はファルマの快復を喜んだ。いい子だな、とファルマは思う。 | ||
+ | #「よかった。しかし・・・何だ、この世界は」一息つくと、ファルマは段々と怖くなってきた。自分の身に起こったことの荒唐無稽さに、驚きを通り越して恐怖を覚え、鳥肌が立つ。「だって、手から水が出るんだぞ?おかしいだろう!人として」(空気中の水蒸気を集める能力がある? でも手から湧いたし・・・体液って量でもない)などと考えても、辻褄が合わない。「どんな原理でこうなっているんだ、異世界人って」 | ||
+ | #窓から顔をひっこめて、やはりここは異なる物理法則の動く異世界なのかもしれない、とファルマはまざまざと思い知る。「それにしてもこの能力って、水だけなのか?」じっと、自分のものとは思えない小さな両手を見る。 | ||
+ | #集中して水の構造式を思い浮かべただけで、水が生成できるだなんて。それが水でなくてはならない、ということもないような気がした。 | ||
+ | #「イメージで具現化できるなら、他の化合物も作れるんじゃないか?」ベッドの脇の置かれた銀のコップが、ふと目に留まった。「やってみるか」 | ||
+ | #「やってみるか」毒を盛られたときにすぐ変色して危険を知らせるよう、地球では高貴な身分の人間は銀の食器を使ったものだ。 | ||
+ | #彼はコップを取ると、先ほどより流し込む力をよほど手加減して、銀のコップの中にあるイメージを送り込む。すると、化合物を受けたコップはたちまち黒く変色を始めた。銀と反応する、硫化物の生成の証だ | ||
+ | #「・・・できてるよな。何なんだよこれ。あ、どうしょう黒くなった」「消えろ、消えろ!”硫化物”きえろ!」無意識につかんだ服の袖で磨きながら、何気なく発した言葉だった。 | ||
+ | #すると、コップの中にこびりついていた硫化物は簡単に消え去り、艶やかな銀の光沢が戻る。拭いたから消えたのではない。勝手に黒すみが消えた。(消えた?)ファルマはコップを投げ出した。「物質を、思い通り出せて、消せる?そんなバカな」 | ||
+ | ==19p== | ||
+ | 何度か硫化物を出して消しているうちに、そう結論付けざるを得なかった。今度は劇物でなく砂糖を造って舐める。甘かった。塩を造って舐めてみた。しょっぱい。金塊、歯型がつく。ほかにも色々な試した。手に送り込んだイメージの量だけ、物質ができる。 | ||
+ | :「マジか・・・」 | ||
+ | ファルマは目の前で次々と起こる奇蹟に驚愕する。これまで彼の培ってきた常識が追いついていかなかった。とはいえ、化合物の構造が明確にイメージできないもの、つまり複雑すぎるものは、具現できなかった。左手で造り出したものは、右手で消せる。左手が創造、右手が消去。具現化して出したものでなくても、元素が分かれば消せる。つまりその存在しているもの、単純化合物であれば消せる。地球上にあった元素はそのままの性質を持っているように見える。 | ||
+ | :「す・・・、すごいな!」 | ||
+ | 原理はわからないながら、物質創造能力と物質消去能力が備わっているのは間違いないようだ。 | ||
+ | :「これ、神術が使える人間は皆こうなのかな」 | ||
+ | 自分だけができるものと思えなかった。 | ||
+ | :「日本に持って帰って原理を分析したくなる能力だ」 | ||
+ | もし日本でこの能力が使えたら、さぞかし研究が捗っただろうに。あの研究も、この研究も。この能力の原理を突き止めて、有用な活用ができるかもしれない。希少金属や合成の難しい化合物もコストを教えずに創造できる。という具合で、仕事のことばかり考えてしまう。 | ||
+ | :「でも・・・・、帰らないのか」 | ||
+ | 彼はひとしきり妄想した後、脱力して両手を眺めた。そして、あることに気づいた。 | ||
+ | :「ん? なんだこれ?」 | ||
+ | 右手首に、研究室で装置の測定が終わった時間のメモが書きつけられていた。「RUN 4 3:42」と鏡で映したように逆さ文字で書かれている。逆さまだということを除けば、研究室で最後に残したメモ、そのままの彼の筆跡だった。(うわ・・・・俺の字だぞこれ)ファルマはその数字を見てじんわりと郷愁が込み上げてきた。たった一つだけ、地球とつながっている証拠がそこにあるような気がした。 | ||
+ | :「でも俺、右手首に書いたよな。俺左利きだし」 | ||
+ | 水性ペンで書かれたメモは、少し皮膚を擦るとすぐに滲んて消えた。地球とのつながりが消えるには、何ともあっけないものだった。(俺は誰かに、地球から来た地球人だったよな。でももう、もどることを諦めるしかないのか・・・・)この世界がどこの宇宙にあるのかすら、彼にはわからない。そして、そんな場所に来てしまったからには、どれだけ未練があったとしても、もう地球に戻れはしないのだ。 | ||
+ | ==20p== | ||
+ | :「前世のことは忘れて、この世界に馴染めるより切り替えよう」 | ||
+ | この世界で新たな人生を生きる、彼はそう心を決めるしかなかった。 | ||
+ | :「神術が使えて何よりです!これで一安心でございますねっ」 | ||
+ | ファルマのおかげでずぶ濡れになった仕着せの服を着替えて、部室に駆け込むようにして戻ってきたロッテは小躍りしながらベッドのシーツを取り換える。この世界のベッドは、上流家庭であっても箱の中に干し草を敷いてそこにシーツをかけるだけの簡素なのものだった。マットとスプリングが発明されるのには、まだ時代が下る必要があるようだ。 | ||
+ | :「ありがとう。シーツなら自分で敷くよ」 | ||
+ | 自分のことは自分で、と思ったファルマがシーツを受け取りベッドメイキングをしようとすると、ロッテはえっと固まって驚いた。非常識なことをしただろうか、とファルマはシーツから手を放す。 | ||
+ | :「どうしたの?」 | ||
+ | 「だめです、ファルマ様にシーツを敷かせるなんて!母から怒られます!これは私の仕事ですから。そちらで憩してください、ね?」 | ||
+ | :「え、えーと。そうなんだ?」 | ||
+ | それで給料が発生しているので、手伝わなにでほしいという。しかし彼女は、お気持ちは嬉しいのでありがとうございます、と深々と頭を下げ、感謝を伝えるのを忘れなかった。 | ||
+ | :「よかったですね、ファルマ様。神術が戻って。後は少しずつ思い出しますよ!」 | ||
+ | ファルマの洗濯物を引き出しの中にしまいながら、ロッテはファルマを励ます歌など口ずさむのだった。なかなかの美声である | ||
+ | :「ファルマ様の神術が使えなくなって一瞬でも思った私がバカでした」 | ||
+ | :「そういえば、この家の家業は?」 | ||
+ | ロッテは手を止め、姿勢を正し、少しおすましをして誇らしそうに告げる。 | ||
+ | :「ド・メディチ家が宮廷薬師のお家柄でございます」 | ||
+ | 薬師の家柄。物質具現化能力が使えて、前の世界と物理法則は違っても、科学と薬学の知識はある。地球と異世界では異な法則もあるかもしれないが、慣れれば何とかなるだろう。(まず、食いっぱぐれはなさそうだな)彼はそんなことを思った。その後はロッテの助けを得て、ファルマは現場把握にかかりきりだった。ロッテから家族のことやこのせかいについて説明を受ければ受けるほど、(なーんか昔のフランスっぽいんだよなあ)ファルマはそんな印象を抱く。言語や文化、衣装などは中世から近世時代のフランスのそれを彷彿とさせた。シャルロットこと愛称ロッテは、上級使用人(侍女)である母親カトリーヌの娘.平民だ。 | ||
+ | ==21p== | ||
+ | 母親がファルマのお世話係で、ロッテは母に付き添ってファルマの部屋に出入りしている。彼女は五歳から屋敷で動き、今は九歳。召使い歴が長いからか、年の割にしっかりして見えた。敬語もできているし、立ち居振る舞いも美しい。人懐っこくはあるが、年季の入った一つ一つの動作には気品すら感じられる。 | ||
+ | :「ここだけの話、強制労働とかさせられてない?こき使われたり駆られたりしていない?食事はどんなものを食べているの?肉や魚は?」 | ||
+ | ファルマが彼女にそんな質問をすると、ロッテは口をとがらせた。 | ||
+ | 「どうしてですか?旦那様によい暮らしをさせてもらっていますよ」 | ||
+ | 主人のことを悪しざまには言えないのだろう、そう思ったファルマは、「自由になりたくはなにの?学校の行ったりしたくないの?」 | ||
+ | :「お優しいんですね。でも、読み書きはお屋敷で教えていただいていますし、お休みもありますし私は満足しています。このお屋敷から、どこにも行きたくないぐらいに」 | ||
+ | ファルマは召使いというと奴隸労働のようなものだと想像していたのだが、どうやら待遇のよい雇用関係にあるようで、母子ともに納得のうえ働いている様子だった。衣食住の保証があってさらに給料も出る。重労働でもないし、休息時間や昼寝の時間もであり、屋敷で働くのは苦ではないという。労働者の権利もそれなりに保障されているので、いつ屋敷を出ていくのも自由とのこと。 | ||
+ | :「そうなのか。ならいいんだけど」 | ||
+ | :「はいっ!これまで通りよるしくお願いします!お屋敷を追い出されたら困ります!」 | ||
+ | :「こちらこそよるしく」 |
2018년 3월 9일 (금) 14:45 기준 최신판
二話 転生薬学者と異世界
- ありえないほどの吐気と寝覚めの悪さ、そして全身へ拡がるの体の痛みを覚えながら、彼は瞼をもたげる。セットしておいたアラームの音が聞こえない。さては寝過ごしたか、と彼が慌てると、一つずつ情報が入ってきた。
- 石造りの部室の低い天井。石壁には朱のタペストリがかかっている。
- 窓は小さく、 昼間だというのに薄暗い。部室の奥では暖炉の火がぱちぱちと薪をはぜさせ、燃えていた。彼が身を横たえているベットのシーツはガサガサとして、藁のようなにおいがした。寝袋の感触ではない。
- (あれ。ここは研究室じゃないぞ?なんでだ?)研究室で仮眠についたはずが、一体どこに、運び込まれたのかと、彼は戸惑った。
- 「よいしょ、よいしょ」ベッドサイドには、甲斐甲斐しく動き回る少女がいる。
- 「ここは?」
- 居心地の悪さを感じつつ、彼は少女に尋ねる。
- 「ファルマ様は雷に当たってしまわれたのです!記憶、思い出せますか?」
- 少女は顔を近くに寄せ、彼を心配そうに覗き込む。
- 「雷が光ったと思ったら、ファルマ様がたおれてしまって..... 目が覚めてよかったです。」
- 「落雷....」
- 研究室を出た記憶がないのに、落雷?とこで?と彼の頭の中に幾多の疑問が浮かぶ。
- 少女の年の頃は十歳ほどで、あどけない笑みを向けていた。落雷の現場を目撃したのだという。
- 彼女は簡素なドレスに、白いエプロンをかけている。美しく艶やかなピンクゴールド色の長髪を、肩にするりと流れている。頭には白いかぶりものをちょこんと乗せた、吸い込まれそうな碧眼の可憐な美少女だ。コスプレでもしているのだろうか、と想像力に乏しい彼はそんな感想いた。
- (研究室から外に出て、落雷に遭ったところをコスプレ少女に助けられた?)
- 彼は慌てて起き上がろうとするが、弛緩しきった全身の筋肉がそれを許さない。
- 「いや、そえが、記憶がはっきりとしないんだ。君は誰?」
- それを聞いた少女から笑顏が消え、寂しげな顔を向ける。
- 「もしかして、私のことも忘れちゃいました、ね?そ、そうですよね!普通と違う青い雷に打たれたんですもの、そうですよね」
- (一体どんな状況なんだ?何をしていて落雷に遭った?)
- 雷に当たった、という状況そのものが彼には飲み込めない。研究室から出ていないのだから、当たるわけがないのだ。だが、彼女は詳しいことを知らないようだった。
- 「こうしちゃいれない、早く大学に戻らないと」
- 「大学というと、帝国薬学校のですか?」
- 「え?」
- 「記憶が混乱しておられますね」
- 彼女は咳払いをし、すました顔をすると、スカートの裾をちょいと持ち上げ、恭しく一礼する。
- 「ではでは、あらためまして自己紹介します。召使いのシャルロットです。いつものようにロッテとお呼びください。旦那様に召抱えていただいた母とともに、幼少の頃よりお屋敷にお仕えしてまいりました。何でもお申し付けください、ね?ファルマ様」
- この屋敷に住み込みで、母子ともに働いているらしい。子供が召使いだなんてとんでもない、警察に連れて行かなければと彼が思案していると、「ファルマ様、ファルマ様」と二度よびかけられる。何度も呼ばれるので、彼は気づく。
- 「ファルマって、もしかして俺のこと?」(何なんだその、どっかの製薬会社みたいななまえは)
- 彼は微妙な気分になる。たった今、見も知らぬ彼女に付けられたあだ名なのだろうか。
- 「はい、ファルマ、ド、メディシス様でございます。」
- ド、メディシス
- 中世のフィレンツェの支配者であったメディチ家のフランス語読みに似ているな、と彼は感じだ。だいたい、日本人顔なのに誰と間違えているのだろう、とひとしきり疑問を並べて、嫌いなことに気づいてしまった。
- 「鏡、見せてもらえる?」
- もしかして、人違いではないのかも、と彼は嫌いな予感がする。
- 「お顔は怪我してませんので大丈夫ですよ?今、お持ちしますね」
- わざわざ鏡を見ずとも彼の以前の体とは違うのは明白だった。手や腕, 足を見るに、小さすぎる。どう見ても子供のようなのだ。そもそも人種も違うようだ。黄色人種の肌の色ではない。
- 「うわ!」
- 小さな手鏡の中を覗き込むと、金髪碧眼で整った顔立ちをした白人の少年が間抜けな顔をしてこちらを見ていた。思わず頬をつねってしまう。
- 「噓だろ、これ俺?」
- 言うことを聞かない体に鞭打ってベッドから起き上がり、窓に近づき、外を見る。
- ヨーロッパを彷彿とさせる里国の町並みが視界に飛び込んできた。少し離れた場所に広がるのは、古めかしい衣装を来た人々の往来する大通り。そこを走る馬車。活気づく市場。鐘楼から聞こえる鐘の音。窓のすぐ下には大庭園が広がる。
- 「今日、コスプレ祭りでもやってる?」
- 「なんのことですか?いつもの帝国の町並みですよ」
- 「帝国だって?」
- 「はい、サソ・フルーズ帝国です」
- そんな国は、地球上にはない。「今年、 西暦何年?」
- 「一一四五年です、セーレキというものではありませんが?」
- ぽかーん。と彼の口がだらしなく開いた。
- 放心状態の彼を心配したロッテが、そろそろと近づいてきて、背後からぽんぽんと軽く叩きにきた。
- 「大丈夫ですか?お具合が悪いですか?、固まっておられますか」
- 「ごめん、大丈夫じゃない」
- (これが夢でないとすれば、俺は生まれ変わったのか?)
- 転生などという非科学的な現象は信じない彼であったが、体が別人になって、いざ当事者となれば信じないわけにもいかない。
- (転生か。何で死んたかな。過労死かなあ・・・だろうなぁ。)
- 詳しい死因は思い浮かばなかったが、過労死をしたのかも、としうことは、真っ先に想像が及んだ。
- それほど彼の勤務時間は長すぎたからだ。彼が覚えている最後の記憶の中で女性助教の言ったように、人としての限度を越えていた。
- 冷靜に勤務時間を計算すると、一日二0時間を越えていただろう。寝袋で寝起きしていたのだから。とはいえ職場のせいなどではなく、自分で好き好んで時間無制限勤務をしていたのだ、自分の体を顧みなかった仕事人間をなれの果てである。
- (死んだ瞬間は覚えていないけど、そういえば・・・)
- 彼が最後に研究室にソファで眠りについた後、自我が肉体を離れ、宇宙の果ての場所に還ったような夢を見た気がする。
- それから時間の凍り付いた空間の中で氷い時を過ごし、何者かに呼び出起こされた、その後、流星となってこの世界に落ちてきた。流星は地上に到達する頃には雷となって・・・・そんな、本当か定たではない曖昧な、夢のような記憶もあるといえばある。
- (どこまでが夢で、どこまでが現実なんだ?)
- もはや、彼には何もわからない。彼が何者なのかも、彼を転生させた大いなる存在がいたのかどうかも。
- 死んた。そして生まれかわった。よしとしよう、受け入ればなるまい、と彼は観念する。
- (無理だ!良しとできない!)
- それでもなお、夢ではないかという一縷の希望も捨てられない。
- (頼む、夢であってくれ! 生前に残してきたのデータを、まだ論文にしてないんだ!)という具合に、前世への未練がありまくりだったからだ。
- リアリティチェック、というものを彼は思い出す。その場で起きる現象が夢の中の出来事かどうか、確認する方法だ。
- 夢の中なら苦しくならず、呼吸を続けられるのだ。だが彼は一分後、盛大に咽る羽目になった。
- 「ぷはーっ!げほっ、ごほっ」
- 大真面目に息を止める彼の視界に、ピンク髪の少女がカットインしてきた。
- 「何をなさってるんですか?その遊び、楽しみそうですね」
- ロッテはニコニコと屈託のない笑顔を向ける。召使いという悲惨な印象のある境遇の割に、明るい性格だった。
- 「いや、遊びではないんだ。そう見えるだろうけど」
- (この世界は、現実?落雷に遭って、前世の記憶が戻ったってこと?)
- 思わず頭を抱えていると、か細い少女の手が彼の腕に添えられた。それで気づいたが、ファルマの両腕には包帯がぐるぐる巻きにしてあった。
- 「何だこの腕?」
- 「あ、ファルマ様!、急に動かしてはいけません、痛くありませんか?」
- 「これ、取っていい?ヒリヒリしてきた」
- 「どうでしょう。ファルマ様はどう思われますか?私は薬に詳しくありませんので」
- 「取るよ?」
- 包帯を解くと、腕には赤黒い軟膏が塗られている。軟膏を包帯で拭うと、肩から腕にかけて雷の電流で燒けた痛々しい火傷の痕が走っていた。両腕ともだ。
- 傷跡を見たロッテは両手で口を覆い、淡い水色の瞳を大きくした。
- 「わあ、薬神様の聖紋のようです」
- そしてその傷に向け、祈るようなしぐさをした。彼は少女のその姿に、確か信仰を感じた。
- 「何で祈ってるの?」
- 「落雷の傷跡がそう見えます。薬神様が守ってくださったのでしょうね、薬神様に感謝の祈りを捧げていました」
- ありがたいですねっ、神様のおかげですねっ、とロッテは涙ぐんだ。ロッテは薬神という神を信仰しているようだった。薬神教の信者なのだろうか、と彼は頭の中が疑問でいっぱいになる。
- 「落雷でできた傷なら、雷が皮膚を這った火傷でできたリヒテンベルク図形だと思う」
- 彼は何か大きな誤解が生じてしまう前に、誤解を正しておくことにした。
- 一般的に、落雷を受けて生還した者の中には、一見神秘的な雷状の模様の傷跡を残す場合がある。同じような状況で受傷すれば、誰でもそうなる。地球では、だが’・・・・
- 「はい?」
- 「ええと、いや、何て言えばいいかな」
- ロッテがにこやかに首をかしげるので、彼は「雷が通った痕」と言い換えた。ところが彼女は藥神の祝福を受けた聖印だ、と信じて疑わない。雷を受けて人が生きていられるはずがない、と言う。
- (まあ、誰かにそうだ)
- 彼女の言うことも理解できたので、彼は蕪雑な言葉は濁した。
- 「あ、そうだ、甘いお菓子を持ってきたんです。召し上がってください!気分も落ち着きます」 ロッテはウェハースのようなものと、空の銀のコップを彼はの前に並べて置いた。
- 「美味しそうだ、いただきます。君もどう?」
- 「いけませんっ、召使いが主人を差し置いてこのような高価なものをいただくわけには」
- そうは言っても、ロッテは今にもよだれが垂れそうだ。感情が 素直に顔に出るようだった。
- 「遠慮しないくていいよ、色んな意味で胸がいっぱいだ。」
- 「ううっ、もう、ファルマ様がどうしても、どうしてもと仰るならっ!ご相伴に預かりますっ!」
- この世界でお菓子は高価で、使用人はなかなか口にできないものであったらしい。それだけにロッテの喜びようといったらなかった。「もう一枚食べる?」
- 「あうっ、そんなっ、どーしてもですか?どーしても?」
- あまりにも美味しいそうに食べるので、彼も彼女の喜ぶ顔が見たくて、半分以上を彼女に分け与えた。彼女が美味しそうに頬張るその様子を眺めているだけで、彼は癒される。
- 「頬がとろけてしまいそうです・・・・あ、喉かわきませんか、ファルマ様。神術は元通りに使えますようね?私も生成したお水をいただいていいですか?ファルマ様の造ってくださるお水はとーっても美味しくて」
- 「何だって?水?神術?」
- 彼は声が裏返りそうになる。別人に転生した以上、この世界の知識を得てこの世界に馴染む以外に生きるべはない。彼女に話を合わせなければ彼は思うのだが、知らないものはしらないのだ。
18p
- ファルマはほっと救われたような気がして、大きな大きな溜息をつく。
- 「ファルマ様!」外からソプラノの瑞々しい声が聞こえてきた。窓の下を覗き込むとロッテがハーブ畑の中から見上げて手を振っていた。こちら見上げ、こぼれるような、幼さと無垢を体現した笑顔で手を振っていた。
- 「そのお水、もしかして!思い出せたんですね」
- 「ごめん、濡れた?」
- 「濡れましたっ!涼しくていーい気持ちです!着替えてすぐそちらに参ります!」
- 雨が降ってきたので、お庭のハーブの水やり助かりました!とロッテは破顔する。ずぶ濡れたなったにもかかわらず、彼女はファルマの快復を喜んだ。いい子だな、とファルマは思う。
- 「よかった。しかし・・・何だ、この世界は」一息つくと、ファルマは段々と怖くなってきた。自分の身に起こったことの荒唐無稽さに、驚きを通り越して恐怖を覚え、鳥肌が立つ。「だって、手から水が出るんだぞ?おかしいだろう!人として」(空気中の水蒸気を集める能力がある? でも手から湧いたし・・・体液って量でもない)などと考えても、辻褄が合わない。「どんな原理でこうなっているんだ、異世界人って」
- 窓から顔をひっこめて、やはりここは異なる物理法則の動く異世界なのかもしれない、とファルマはまざまざと思い知る。「それにしてもこの能力って、水だけなのか?」じっと、自分のものとは思えない小さな両手を見る。
- 集中して水の構造式を思い浮かべただけで、水が生成できるだなんて。それが水でなくてはならない、ということもないような気がした。
- 「イメージで具現化できるなら、他の化合物も作れるんじゃないか?」ベッドの脇の置かれた銀のコップが、ふと目に留まった。「やってみるか」
- 「やってみるか」毒を盛られたときにすぐ変色して危険を知らせるよう、地球では高貴な身分の人間は銀の食器を使ったものだ。
- 彼はコップを取ると、先ほどより流し込む力をよほど手加減して、銀のコップの中にあるイメージを送り込む。すると、化合物を受けたコップはたちまち黒く変色を始めた。銀と反応する、硫化物の生成の証だ
- 「・・・できてるよな。何なんだよこれ。あ、どうしょう黒くなった」「消えろ、消えろ!”硫化物”きえろ!」無意識につかんだ服の袖で磨きながら、何気なく発した言葉だった。
- すると、コップの中にこびりついていた硫化物は簡単に消え去り、艶やかな銀の光沢が戻る。拭いたから消えたのではない。勝手に黒すみが消えた。(消えた?)ファルマはコップを投げ出した。「物質を、思い通り出せて、消せる?そんなバカな」
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何度か硫化物を出して消しているうちに、そう結論付けざるを得なかった。今度は劇物でなく砂糖を造って舐める。甘かった。塩を造って舐めてみた。しょっぱい。金塊、歯型がつく。ほかにも色々な試した。手に送り込んだイメージの量だけ、物質ができる。
- 「マジか・・・」
ファルマは目の前で次々と起こる奇蹟に驚愕する。これまで彼の培ってきた常識が追いついていかなかった。とはいえ、化合物の構造が明確にイメージできないもの、つまり複雑すぎるものは、具現できなかった。左手で造り出したものは、右手で消せる。左手が創造、右手が消去。具現化して出したものでなくても、元素が分かれば消せる。つまりその存在しているもの、単純化合物であれば消せる。地球上にあった元素はそのままの性質を持っているように見える。
- 「す・・・、すごいな!」
原理はわからないながら、物質創造能力と物質消去能力が備わっているのは間違いないようだ。
- 「これ、神術が使える人間は皆こうなのかな」
自分だけができるものと思えなかった。
- 「日本に持って帰って原理を分析したくなる能力だ」
もし日本でこの能力が使えたら、さぞかし研究が捗っただろうに。あの研究も、この研究も。この能力の原理を突き止めて、有用な活用ができるかもしれない。希少金属や合成の難しい化合物もコストを教えずに創造できる。という具合で、仕事のことばかり考えてしまう。
- 「でも・・・・、帰らないのか」
彼はひとしきり妄想した後、脱力して両手を眺めた。そして、あることに気づいた。
- 「ん? なんだこれ?」
右手首に、研究室で装置の測定が終わった時間のメモが書きつけられていた。「RUN 4 3:42」と鏡で映したように逆さ文字で書かれている。逆さまだということを除けば、研究室で最後に残したメモ、そのままの彼の筆跡だった。(うわ・・・・俺の字だぞこれ)ファルマはその数字を見てじんわりと郷愁が込み上げてきた。たった一つだけ、地球とつながっている証拠がそこにあるような気がした。
- 「でも俺、右手首に書いたよな。俺左利きだし」
水性ペンで書かれたメモは、少し皮膚を擦るとすぐに滲んて消えた。地球とのつながりが消えるには、何ともあっけないものだった。(俺は誰かに、地球から来た地球人だったよな。でももう、もどることを諦めるしかないのか・・・・)この世界がどこの宇宙にあるのかすら、彼にはわからない。そして、そんな場所に来てしまったからには、どれだけ未練があったとしても、もう地球に戻れはしないのだ。
20p
- 「前世のことは忘れて、この世界に馴染めるより切り替えよう」
この世界で新たな人生を生きる、彼はそう心を決めるしかなかった。
- 「神術が使えて何よりです!これで一安心でございますねっ」
ファルマのおかげでずぶ濡れになった仕着せの服を着替えて、部室に駆け込むようにして戻ってきたロッテは小躍りしながらベッドのシーツを取り換える。この世界のベッドは、上流家庭であっても箱の中に干し草を敷いてそこにシーツをかけるだけの簡素なのものだった。マットとスプリングが発明されるのには、まだ時代が下る必要があるようだ。
- 「ありがとう。シーツなら自分で敷くよ」
自分のことは自分で、と思ったファルマがシーツを受け取りベッドメイキングをしようとすると、ロッテはえっと固まって驚いた。非常識なことをしただろうか、とファルマはシーツから手を放す。
- 「どうしたの?」
「だめです、ファルマ様にシーツを敷かせるなんて!母から怒られます!これは私の仕事ですから。そちらで憩してください、ね?」
- 「え、えーと。そうなんだ?」
それで給料が発生しているので、手伝わなにでほしいという。しかし彼女は、お気持ちは嬉しいのでありがとうございます、と深々と頭を下げ、感謝を伝えるのを忘れなかった。
- 「よかったですね、ファルマ様。神術が戻って。後は少しずつ思い出しますよ!」
ファルマの洗濯物を引き出しの中にしまいながら、ロッテはファルマを励ます歌など口ずさむのだった。なかなかの美声である
- 「ファルマ様の神術が使えなくなって一瞬でも思った私がバカでした」
- 「そういえば、この家の家業は?」
ロッテは手を止め、姿勢を正し、少しおすましをして誇らしそうに告げる。
- 「ド・メディチ家が宮廷薬師のお家柄でございます」
薬師の家柄。物質具現化能力が使えて、前の世界と物理法則は違っても、科学と薬学の知識はある。地球と異世界では異な法則もあるかもしれないが、慣れれば何とかなるだろう。(まず、食いっぱぐれはなさそうだな)彼はそんなことを思った。その後はロッテの助けを得て、ファルマは現場把握にかかりきりだった。ロッテから家族のことやこのせかいについて説明を受ければ受けるほど、(なーんか昔のフランスっぽいんだよなあ)ファルマはそんな印象を抱く。言語や文化、衣装などは中世から近世時代のフランスのそれを彷彿とさせた。シャルロットこと愛称ロッテは、上級使用人(侍女)である母親カトリーヌの娘.平民だ。
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母親がファルマのお世話係で、ロッテは母に付き添ってファルマの部屋に出入りしている。彼女は五歳から屋敷で動き、今は九歳。召使い歴が長いからか、年の割にしっかりして見えた。敬語もできているし、立ち居振る舞いも美しい。人懐っこくはあるが、年季の入った一つ一つの動作には気品すら感じられる。
- 「ここだけの話、強制労働とかさせられてない?こき使われたり駆られたりしていない?食事はどんなものを食べているの?肉や魚は?」
ファルマが彼女にそんな質問をすると、ロッテは口をとがらせた。 「どうしてですか?旦那様によい暮らしをさせてもらっていますよ」 主人のことを悪しざまには言えないのだろう、そう思ったファルマは、「自由になりたくはなにの?学校の行ったりしたくないの?」
- 「お優しいんですね。でも、読み書きはお屋敷で教えていただいていますし、お休みもありますし私は満足しています。このお屋敷から、どこにも行きたくないぐらいに」
ファルマは召使いというと奴隸労働のようなものだと想像していたのだが、どうやら待遇のよい雇用関係にあるようで、母子ともに納得のうえ働いている様子だった。衣食住の保証があってさらに給料も出る。重労働でもないし、休息時間や昼寝の時間もであり、屋敷で働くのは苦ではないという。労働者の権利もそれなりに保障されているので、いつ屋敷を出ていくのも自由とのこと。
- 「そうなのか。ならいいんだけど」
- 「はいっ!これまで通りよるしくお願いします!お屋敷を追い出されたら困ります!」
- 「こちらこそよるしく」